災害のとき、持病の薬はどうなりますか?
── 9月1日・防災の日に、考えておきたい備え ──
水と食料は備えた。でも、薬はどうでしょう
9月1日は防災の日です。近年は地震だけでなく、豪雨による水害も各地で相次いでいます。「わが家も備えなければ」と、水や食料、懐中電灯を用意された方は多いと思います。
では、お薬はいかがでしょうか。
私は2024年の能登半島地震の際、発災直後の現地の医療機関で救急対応にあたりました。そこで繰り返し耳にしたのが、「いつも飲んでいる薬の名前が分からない」「お薬手帳を持たずに避難してしまった」という声です。
命からがら避難された方が、まず薬のことまで考えられないのは当然です。それでも、持病のある方にとって、服薬が途切れることは体調に直結します。あのとき現場で感じた「もっと備えがあれば」という思いを、平時のうちにお伝えしておきたいと考え、この記事を書いています。
血圧の薬、糖尿病の薬、心臓の薬——毎日飲んでいるものほど、当たり前になりすぎて「備える対象」として意識されにくいものです。今日からできる具体的な備えを、順にお伝えします。
結論:最優先は「お薬手帳」と「数日分の薬」です
先に、いちばん大切なことをお伝えします。持病がある方の防災で最優先すべきは、お薬手帳を持ち出せる状態にしておくこと、そして数日分の薬を非常持ち出し品に入れておくこと——この2つです。
意外に思われるかもしれませんが、お薬手帳は災害時に「命綱」になります。
大規模災害では、医療機関や薬局が被災し、電子カルテや薬歴が確認できなくなります。そのとき、あなたが何の薬を飲んでいるかを証明できるのは、お薬手帳だけという状況が実際に起こります。
そして重要なのは、災害時には特例が認められるという点です。2011年の東日本大震災、そして2024年の能登半島地震では、厚生労働省の通知により、処方箋がなくてもお薬手帳などで内容が確認できれば薬を受け取れる取り扱いが認められました。お薬手帳の有無で、必要な薬が手に入るまでの時間が大きく変わったのです。
お薬手帳、どう備えるか
「持っているけれど、いつも家に置いている」という方が多いのではないでしょうか。備え方のポイントをお伝えします。
① 非常持ち出し袋に入れる、または常に携帯する
災害は、家にいるときに起きるとは限りません。通勤中、外出先——どこで被災するか分かりません。日頃から携帯するか、少なくとも持ち出し袋にすぐ入れられる場所に置いておきましょう。
② スマートフォンで撮影しておく
手帳そのものを持ち出せなくても、最新のページを撮影しておけば情報は残ります。これは今日、5分でできる備えです。ぜひこの記事を読み終えたら実行してみてください。
③ 電子版と紙、両方あると安心
電子お薬手帳のアプリは便利ですが、大規模停電時にはスマートフォンが使えなくなる可能性もあります。紙と電子、両方あることが最も心強いと考えています。マイナンバーカードも、過去の処方情報を確認できる手段になります。
④ 家族の分もまとめておく
ご高齢のご家族と離れて暮らしている方は、そのお薬の内容も控えておくと安心です。いざというとき、代わりに説明できる方がいることは大きな助けになります。
薬そのものの備え方
何日分あればよいか:一般的には最低3日分、可能であれば1週間分程度が目安とされています。ただし、処方できる日数には決まりがあるため、必要以上に多くを手元に置くことはできません。
現実的な方法は「使いながら備える」:新しく処方された薬を持ち出し袋に入れ、古いほうから使っていく——という入れ替え方式です。これなら期限切れも防げます。防災の日をきっかけに、年に一度の入れ替え日と決めておくのもよいでしょう。
受診を先延ばしにしない:薬を切らしたまま「あと数日で受診するから」と過ごしている期間に災害が起きると、手元に何もない状態になります。普段から余裕をもって受診しておくことも、立派な備えです。
保管場所を分散する:自宅の一箇所だけでなく、職場や車にも数日分あると安心という考え方もあります。ただし、温度管理が必要な薬もあるため、保管方法は薬剤師等に事前にご相談ください。
持病別に、気をつけたいこと
高血圧の方
災害時には、災害高血圧と呼ばれる血圧上昇が起こることが知られています。強いストレス、睡眠不足、避難所の環境、塩分の多い食事——これらが重なり、普段よりも血圧が上がりやすくなります。
このタイミングで薬が切れることは、非常に危険です。血圧が上がりやすい状況で、それを抑えるものがない状態になってしまいます。当院ブログの高血圧と言われたら最初に知っておきたいことでもお伝えしたように、自己判断での中断は避けてください。
可能であれば、家庭用血圧計も持ち出し品に入れておくと、避難先でも状態を把握できます。
糖尿病の方
薬やインスリンの確保に加えて、低血糖への備えも重要です。食事が不規則になる、配給が遅れる——そうした状況では低血糖のリスクが高まります。ブドウ糖や飴を携帯しておきましょう。
ぜんそく・COPDの方
吸入薬は災害時に入手しにくくなることがあります。残量を意識し、余裕をもって受診しておきましょう。ほこりや煙の多い環境では発作が起きやすくなるため、マスクも備えておくと安心です。
避難生活で起こりやすい健康問題
薬の備えと合わせて、知っておいていただきたいことがあります。
エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症・肺塞栓症)
避難所や車中泊で長時間同じ姿勢を続けると、足の静脈に血のかたまりができ、それが肺に飛んで重篤な状態を招くことがあります。厚生労働省は予防として、こまめな水分補給と足の運動を呼びかけています。
かかとを上下に動かす、足の指でグーをつくる、ふくらはぎを軽くもむ——狭い場所でもできる運動です。糖尿病・高血圧・脂質異常症のある方、ご高齢の方は特にリスクが高まるため、意識的に体を動かしてください。当院のリハビリでもお伝えしている、足首を動かす運動が役立ちます。
水分を控えないこと
「トイレが心配だから」と水分を控える方が多いのですが、これは脱水を招き、血栓や熱中症のリスクを高めます。水分は控えないでください。
「生活不活発病」を防ぐ
避難生活で動かない日が続くと、筋力や体力が急速に落ちます。特にご高齢の方では、その後の生活のしやすさに影響することがあります。当院ブログのフレイル・サルコペニアを防ぐためにでお伝えしたように、できる範囲で体を動かすことが大切です。
ご家族と一緒に、確認しておきたいこと
離れて暮らすご家族に持病がある場合、そのお薬の内容を控えておくことをおすすめします。
いざというとき、ご本人が説明できない状況もあり得ます。お薬手帳の写真を共有しておく、かかりつけ医の連絡先を控えておく——それだけでも、対応の速さが変わります。
通院が難しく訪問診療を受けている方については、災害時の連絡方法をあらかじめ確認しておくと安心です。
日頃からできる備えのために
次のような方は、次回の受診時にお声がけください。
- 薬の備蓄について相談したい
- お薬手帳をどう活用すればよいか知りたい
- 災害時に自分の持病で気をつけることを知りたい
- 家族の薬の内容を把握しておきたい
- 普段から薬を切らしがちで不安がある
「防災の相談で受診してもいいのか」と思われるかもしれませんが、持病の管理の一部として、遠慮なくご相談ください。
当院でできること
当院では、日々の診療の中で、災害時も見据えた薬の管理についてご相談いただけます。
「どのくらい余裕をもって処方してもらえるか」「持ち出し用にどう備えるか」といった実務的なご相談から、「自分の持病では災害時に何に気をつけるべきか」という具体的なお話まで、一緒に考えていきます。お薬手帳の使い方が分からないという方にも、丁寧にご説明します。
当院は内科として高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病を継続的に診ており、普段からの管理そのものが、災害時の備えにつながると考えています。日頃の受診を欠かさないこと、記録を残しておくこと——地味に見えて、これが最も確実な防災です。
護国寺・大塚・目白台・雑司ヶ谷・東池袋・江戸川橋エリアにお住まいの皆様、そしてこのエリアで働く皆様。地域のかかりつけ医として、平時も有事も、皆様の毎日を支えられる存在でありたいと考えています。
次の一手——今日からできる3つのこと
① お薬手帳の最新ページを、スマートフォンで撮影する(5分でできます)
② 非常持ち出し袋に、数日分の薬とお薬手帳を入れる
③ 次回の受診時に、薬の備えについて相談してみる
よくあるご質問(FAQ)
Q. 災害時、処方箋がなくても薬をもらえるのですか?
A. 大規模災害時には特例が認められることがあります。東日本大震災や能登半島地震では、お薬手帳などで内容が確認できれば処方箋なしで受け取れる取り扱いが認められました。だからこそ、お薬手帳を持ち出せる状態にしておくことが重要です。
Q. 薬は何日分を備えておけばよいですか?
A. 最低3日分、可能なら1週間分程度が目安とされています。ただし処方できる日数には決まりがあるため、新しい薬を持ち出し袋に入れて古いほうから使う「入れ替え方式」が現実的です。
Q. 電子版のお薬手帳だけでも大丈夫ですか?
A. 便利ですが、大規模停電ではスマートフォンが使えなくなる可能性があります。紙と電子の両方があると安心です。最新ページを撮影しておくのも有効な備えです。
Q. 避難所で血圧が上がってしまいました。どうすればよいですか?
A. 災害時はストレスや環境の変化で血圧が上がりやすくなります(災害高血圧)。薬を欠かさないこと、可能なら血圧を測って記録すること、そして医療スタッフや救護所に相談することが大切です。
Q. かかりつけの医療機関が被災したら、どうすればよいですか?
A. お薬手帳があれば、別の医療機関や救護所でもこれまでの治療内容を伝えられます。避難先の医療スタッフや薬剤師に、遠慮なく相談してください。「かかりつけがどこか分からなくなった」という状況でも、手帳があれば治療を継続できます。
友成第二医院(文京区護国寺)/内科・整形外科・リハビリテーション科
参考
この記事の監修者
鈴木一平(すずき いっぺい)
医療法人社団護友会 友成第二医院 院長
広島大学医学部医学科卒。総合診療医として内科・救急・訪問診療に従事。
日本内科学会内科認定医/日本専門医機構認定内科専門医